こころみBlog

精神疾患専門の訪問看護師のBlogです。

思いがけず九州への帰省、高齢の家族や死について考える。

お久しぶりです!!

 

いやはや、2週間弱更新をサボっていました^^;

先週突如九州への帰省が決まり1週間ほど九州で過ごしていました。

ステーションは利用者さんもいらっしゃいますので、私と子どもたちだけで帰省しました。

 

帰省の理由は祖母の体調不良。

95歳になる私の祖母は施設に入所していますが、心臓弁膜症と腎機能の低下で病院へ搬送。一時は意識低下で危険な状態でした。

入院の報告を受け(95歳だもん、入院もあるよな・・・)とは思いつつ、なんか気持ちの収まりが悪く、すごく今会わなきゃ後悔するような気がして、夫に相談し長崎に帰ることにしました。

私の祖父母は4人。祖父2人は永眠しました。

祖父が亡くなった時は、訃報を受け帰省し亡骸にさよならを言いました。

 

今回の祖母は母方の祖母。誰よりもお世話になった祖母だったので、特別な存在。

 

95歳だから何があってもおかしくない、なら今会わなくちゃ!!!

絶対後悔する。

 

子どもたちを連れ飛行機での帰省は珍道中でしたが、無事長崎に到着!

 

早速祖母に会いに行き、思ったより元気にしていてくれたこと、食事が入らないから持っていた羊羹を白湯で練って食べさせたら食べてくれたこと、認知症で私のことは忘れているけど、いつものとぼけた発言で笑顔にさせてくれたことなど短い時間だったけどいい時間が過ごせました。このままちゃんとご飯を食べてくれたらな^^

 

そんな祖母の今後について、母や叔父叔母との話し合いがあったこと。

心臓弁膜症は手術をすれば良くはなるもの。

しかし高齢の祖母、とっても小さい祖母に手術を耐える体力はないことや、急変時の心臓マッサージ・昇圧剤・呼吸器。これをどこまでやるのか。

家族は考える必要があります。

 

「もう人工的に命を繋げるのではなく、自然な形で最後を迎えてほしい」

「1分1秒でもこの世に生きていてほしい」

 

どちらの思いも、愛です。

 

病棟看護師をしていた頃、医師がこの選択を家族に投げかける時、いろんな反応があったものです。状態が悪くなくても、入院時に聴取する時は「死」に対する受け止め方がまだ備わらないので「なんでそんなことを聞くんですか!?」と怒りをあらわにされることもあります。

同じ家族内でも前者を選ぶ方、後者を選ぶ方と分かれ揉めることもあります。

 

とても難しく、とても勇気がいる選択です。

 

うちの祖母に対する家族の答えは前者でした。

 

私もそれでいいと思いました。

 

だけど、もう少し、お話もできて好きな羊羹を美味しいと感じるうちは、そんなことはしばらく考えず、

「あれ??六月に急遽大阪から帰ってきたのにばあちゃん元気になっとるやん!正月になったからまた帰ってきたばい!」

って言えることを願っているのでした^^

 

 

せっかくの帰省だったので、地元の幼馴染と、高校時代からの親友の家へ行き話をしていると、やはり高齢の祖母の話。

高校時代の友人のおばあさまは3年前にお亡くなりになられていましたが、

やはり90代での外傷や急変時の対応について考える時期があったとのこと。

地元の幼馴染は、医療関係者ではないので最期のことや延命処置についての質問に答え、家族が出す答えであることを説明してきました。

 

人はいつか死ぬもの。

 

それは突然やってもくるし、じっくりやっても来る。

だけど「死」は真後ろの背中にペラっと貼られているようなものだと私はいつも

思っています。

 

いつだって目の前に現れるし、気づかずに過ごしてたりもする。

 

だからこそ、例えばこのブログを読んだ後、「死」について考える時間を作ってもらえたらいいなと思います。

それは自分や家族や友人。

 

「死」を考えることはネガティブなものではない。

考えることで、生きている自分や家族や友人に思いを馳せるので

とてもポジティブなもの。

 

そうであってほしい。

 

 

大阪へ帰る飛行機の中、ふざけて騒ぐ子どもたちを見ながら感じたことでした。

 

とても充実した帰省でした^^

 

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